心のともしび 1日一編の法話
日蓮聖人は、元の襲来や全国的な飢饉など数々の災の原因は 日本が仏陀の本質を見失ってしまっているからだと激しく指摘し、そのことで幕府や世間から迫害を受けることになりました。
「己が気色の・・・・」の言葉は、浮気をされた女性が相手の女性のことを怒りにまかせ、恐ろしい目をしていると非難しているのですが、それを非難している自身の顔はよもっと恐ろしい鬼のような形相になっているという意味です。
日蓮聖人の生きた時代ではなくこのようなことは現代でもよくあることですよね?
人の非難をする前にまず自分の行いを省みる事も大切です。
たまには鏡の前に立って、自分の顔をよく見てみましょうね。
「開目抄」の中で、日蓮聖人は物事に疑いを持ち答を探求しなければならない。と言っています。
本当にそうなのだろうか? なぜなのだろうか? と考えることによって新しい発想やアイデアが浮かんでくるのです。
誰かの言うことを安易に信じるのではなく、まずは自分で考え、確認し納得してから自分自身に蓄えていくことが大切ですね。
「安楽な極楽で百年修行を積んでも、私たちが生きているこの穢れた世界で一日修行をする方が、功徳は大きい」
日蓮聖人はこのように『報恩抄』で説いておられます。
現実の世界で人々は 病・老・災害・家庭の不和・人間関係 等々様々な問題を抱えています。
それらの問題に耐え、解決していく姿勢こそ、自分を成長させる修行だという事です。
今日も修行だと思って頑張って参りましょう!!
この言葉は日蓮聖人が三位坊という弟子に向けてたしなめた言葉です。
三位坊は京に上がり、公家に招かれて教えを説きました、大変名誉なことであり、名前も尊成と変えました。このように三位坊は日蓮聖人に報告をしました。
その報告に対しての返信の一文であります。
進学や就職のために地方から都会へ移り、生活様式の変化から言葉遣いや人が変わってしまう人がいます。
このことは仕方がないことでしょうが、虚栄に惑わされて心まで変わってしまってはいけません。
日蓮聖人は三位坊に向けて、このようにたしなめられています。
現代に生きる私たちも、どこにいても自分自身の考え方をしっかり持ち、自分らしく生きていきたいものですね。
この日蓮上人の御言葉の「愚人」とは経をよく理解していない人のことです。
最近の学校教育では子供の悪い部分を指摘しなおすのではなく、良い部分をほめて伸ばすという考え方が一般的です。
しかし日蓮聖人は「物事の心理の分からない人に褒められるのは一番恥ずかしいことである」と説いておられます。
誰でも人に褒められ、称賛されるのは嬉しいものです。素直にありがたく他の人からの褒め言葉は謙虚に受け止めた上で、さらに「一体自分の何が褒められているのか?」もう一度考えることも大事だと思います。
うわべだけの褒め言葉より、物事の本当の姿が分かる人からの厳しい言葉の方が自分をさらに成長させてくれるはずです。