私たちは自由と言う言葉をよく使います。心のままに思う通りに...。 古くは勝手気ままの意に用いられたようですが、自らに由(よっ)て生きるのが自由です。
とにかく問題が起こると、私たちは自分を守るために冷静さを失い、自縄自縛で色んな行動に出ます。 しかし正しく物を見ることができる知恵の眼が開かれれば、自縛が解けてこだわりがなくなり、本来の自分を取り戻すことができるのです。
私たちは思い通りに物事がいかなかったり、仕事の失敗したり、人からの耳の痛い忠告を受けたりすると満たされない気持ちになります。そんな時くよくよしてはいけません。
仏教に「見聞触知(けんもんしょくち)みな菩提に近づく」とあります。見たり聞いたり触れたりするものすべてに、私たちを悟らせてくれるものが含まれているというのです。 善いことも悪いこともすべてが仏様のおはからいによって、自分を生かして下さっているということなのです。
現在の自分を肯定することによって あるがたい! とい感謝の念がうまれるのです。
竹は中が空っぽでところどころに節があります。人生にも節があります。受験、結婚、就職など色々あります。病気、ケガ、商売不振、貧乏、失業など悪い節もあります。
悪い節にぶつかったらそれを「自分の師」として真剣に取り組み、人生を乗り切りましょう。竹の強靭さは空と節の組み合わせでできています。竹から学ぶ人生哲学です。
二つのものの関係が両極に分けられて切り離せないものには「生と死」「善と悪」「愛と増」「得と失」があります。私たちはこれ等の狭間で悩み、苦しみ一喜一憂して生きています。
嬉しい時には大いに喜び、災難に会ったときには、これを受け止めておろおろせずに、自分んの人生をしっかり見つめてありのままに生きていれば、必ず道は開けます。