心のともしび 1日一編の法話
お釈迦さまは「死後の世界はあるのかないのか?」の問いに対して
「今なすべきことをせず、いくら考えてもわからないことにこだわるのはやめなさい」と考えています。 受けがたき人身を受けた今、人生無常、いつ何が起こるかわからない今を、どのように生きるべきか。 人生の原点は、世の為人の為に何かをしようという人生観の確立が大事です。 ひたすら善の追及実践を教えられてきた先祖が、各自の生活の糧として幸せを分かち合い、実行してきたことを知ることが、先祖への報恩であり感謝なのです。
仏教は古く難しくて、ちまたでは縁遠いものという言葉をよく耳にするのは、今に始まった事ではありません。各お寺では掲示伝言板を設置して、分かりやすく仏教の意味を伝え、人々の生活に生かせるように努めています。
私も、折々に出会った風物、行事、悩みごと、人間模様などから、思いつくことを長年掲示して参りました。
それをこの一冊にまとめてみました。
古い時代から、私たちの先祖が残した経験や体験は、人間生活の中から自然と発声した教訓であり、短くまとめた言葉には無駄のない深い味わいのある人生教訓がふくまれ、、現代に置き換えて考えてみても、大いに活用される尊いものばかりです。
時代の豊かさの中で、人生の美しさに眼を向け、美しく積極的に日々の努力で前進する事が現代を生きる道であり、この冊子が現代人の心の癒しの一助となる事が出来ればこんな幸せはありません。
仏教の難しさを葬り去らないで、人生意気に感じて日々精進されることを心より願うものです。 合掌
住職 中山 浄敬
人は成功して幸福な立場になると、往々にしておごり、たかぶる心が起きます。
自分を過大評価する人は自分の才能、権勢などに得意になって人をさげすみ、見くびるような身勝手なふるまいをしますが、これを「慢心」と言います。慢心から安らぎは生まれません。
成仏を祈ることを「追善回向」といいますが、仏教でいう回向とは 相手の気持ちを考えて心豊かに、思いやりの気持ちを大切にして自他ともに生きることです。
相手にいたわりのこころを振り向ける(回向)で安らぎの世界が生まれるのです。