心のともしび 1日一編の法話

2022-05-21 08:04:00

 物を見る働きをする目(眼)は、さまざまな様相を表します。
「目が物を言う」 「目から鱗」 目には目を」 「目の敵」 「目の正月」 「目の毒」 「目は口ほどに」 「目を盗む」 「目を奪う」
「目を肥やす」 「目を皿に」 「目を開く」 など、目については多くの云いまわしがあります。

仏様は、半眼といって「目をなかば開きなかば閉じている目」をしておられますが、これは外を正しく見るだけでなく心の内を振り返り考える、ということを表しているのです。
物事を正しく見る目と自己反省する菩薩の半眼に近づきたいものです。

 

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2022-05-20 09:10:00

 心に苦しみごとを持っていると隠そうとしても自然に顔色や行為に現れます。過去にばかりとらわれていると先のことが見えません。
苦しいと思うのは頑張っている証拠。 死ぬ有機があれば、生きる勇気もあるはず。 死んだら苦しみは終わるが喜びも終わりです。

一回きりの人生を喜び、今を大切に前に進むことだけを考えれば苦しみは必ず晴れます。
仏様が見ておられるから大丈夫。必ず晴れるから大丈夫!!

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2022-05-19 09:07:00

「苦しい時の神だのみ」という言葉があります。多くの人は、困った時や。差し迫った時、子供の受験や思い病気の時など苦しい時は手をあわせます。
ところが試験合格、無事出産、病気を平癒すると神だのみしたのに神を忘れる人がおおいのです。

 仏教に「平成業成(へいせいごうじょう)」という言葉がありますが、これはふだんの人の心がけ、ふだsんの信仰の大切さを言っています。
朝に合掌、夕に感謝でいつも祈る、いつも清らかな気持ちで拝む心が「現生安穏な一生」となるのです。

 

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2022-05-18 07:59:00

 善事をししめ悪事をこらしめることを勧善懲悪と言います。
法律では悪には罰則という教育があり「罪を憎んで人を憎まず」の精神のもと、真人間に立ち返れば罪は軽減されます。
仏教では人は皆、仏性を持っている仏の子、罪を心から懺悔(神仏の前で許しを請う)すれば救いの手がさしのべられ、苦しみの世界にいながらも心穏やかに過ごせるというのです。
 恨みつらみがあっても、恩徳の心をもって報いることで苦しみをなくしてしまうのではなく、それを乗り越えることが大事です。

 

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2022-05-17 16:14:00

お釈迦さまはこの世で一番尊いものは生命であるとおっしゃいました。私たちの生命を支えるためには数多くのいのちが犠牲ななっています。
 障子の前には他のいのちに合掌感謝し、お釈迦さまの教えを最良の種子として実行したいものです。

「天の三光(太陽・月・星)に身を暖め地の五穀(米・麦・アワ・キビ・豆)に魂を養うは、これみな仏様の慈悲なり。」

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